今日の無理より明日の頑張り

又「案外勉強に限ったことでもないのだが、何かに取り組んでいると、無理をして作業に取り組み続けて、その日のうちに多く進めようとむきになってしまったりする。しかしそこで気持ちを消耗して、明日以降のやる気を、無理してやった経験から敬遠しがちになって、削いでしまっては元も子もないし、心から自然に湧き上がるたぎるようなやる気や活力を行動の活力とすることで、集中力が増して賞賛されるべき集中力を生む。集中力さえあれば作業効率も上がりかえって成果が出るものだ。

とはいえ、明日やろうはバカ野郎とかいうくだらない言葉にあるように、やる気が起きず後回しにするという事も起きうる。そういう例は、何かに執拗に取り組んだ経験のないうちに起こりがちだが、疲れてどうにもならないという事もある。このようなときいかにすべきか。どちらがより自分に資するかわかりづらい。

思うに、激しく動き回った結果の身体的な疲労に関しては、ある程度日課としてこなす。無理はしない。

眠気による疲労は悩ましいけれど、起床後に眠気が取れないというときには、いずれ眠気は取り去られるからやるべきだ。しかし夜眠い時、早めに作業を切り上げるべきか? この場合は集中力を基準にすればよいだろう。というのも、集中することが本質的に大切なのであり、これさえあれば無問題だ。センターは三時間睡眠で大変眠く大コケしたけれど、明治は一睡もせずしなかったが眠気もなく集中できた。結果もそれに対応している。

結局は昼間の眠気も何も、集中力を基準にすべきであり、それさえ保証されるなら他に必要なものはない。寝るのは眠気で作業効率が落ちるのを防ぐためであり、眠ることに他の理由はないように僕には思える。成果さえ上がれば眠らなくたって何ら問題はないのだ。

雑談

不思議に思うのは、どうして夢を追い続けて努力を続けるのが否定されねばならないのか? 金銭的負担は大したことはない、何より生涯賃金の観点からすればむしろ得なのだ。よしんばその道が途絶えても損することは何もない……、就職なんてクソくらえ、道端で野垂れ死んだ方が美しいではないか? 首切って死んで、うーん、素敵。

二浪三浪で就職で不利になったとして、不利にするような会社は僕には合わない。僕が起業して廃業に追い込んでやって、面白いだろう。松下幸之助のように歴史の上に名を打ち立てて、覇を唱えるんだ。蝶のように舞って蜂のように刺して、拷問にかけられた罪人よりもみすぼらしく……ボコボコにしてやる。

 

本来は意識に関する考察を述べる場だったけれど、議論が煮詰まって(?)、アイデアがなくなったといってもいいけれども、にっちもさっちもいかず、尺稼ぎだ。

やりたいことがやれないなんてむごい拷問がこの世にあるか? まだしも、打ち首になって、腐ったムクロを野風にさらせ。
むごい、むごい拷問……、学校のことか? あのような強制収容所がどこにある? 現代の強制収容所……、いや、収容所だって子供を精神的に追い込むなんてことはすまい。くそが。なぜ人前にさらすような真似をして……ひと月も二月も不安にめった刺しにされなくてはならないのか? くたばった方がいいぜ。今すぐにな。僕がボコボコにしてやる。独りよがりのクソったれめが。自己満足だ。

やれやれ。人と分かりあうとは夢物語……。

 

努力して、努力して、努力して、いつかは報われる。出る釘を打つ奴は恥を知れ。そんな奴には手は差し伸べまい。

噫祝福さるべき努力の奴隷! 憐れ! 二〇二〇年五月五日」
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