NO PAIN,NO GAIN

普請中、あるいは訓戒

又「自分を鍛えているうちに、だんだんと自分の考え方や取り組み方が変わっていくのだけれど、その経過についてあとから記すとその純度も落ちてしまうだろうから、どのような経過をたどっているのかを正確に振り返れるように、その過程を記していこうと思う。普請中の過程をだよ。

高校受験の頃は、まず自分のやり方が一番だろうと確信していたから、例えば英単語では赤シートで隠さずにひたすら単語帳を、他人に赤シートを進められても断りながら、読んでいた。中々覚えられなかった。そもそも問題を解くことが嫌いだったからでもあるが。高校受験の時は量が少なかったから何度も同じような問題を解けて難なく通過した。

高校入ってからもその傾向は続いて、青チャートを図書館でひたすら写していたのは黒歴史。単元テストの前日に九時間勉強して平均点を超えられなかったのはさもありなん。いくら熱意があっても結果が出ないと参ってしまう。数学に関しては予習につぶされてほとんどやらなくなっていった。英語の文章を訳させるあれは時間がかかるのでくそである。

高2の時に、数学の教師が、一日2時間は解かなければできるようにはならないと授業で忠告して、僕はちょっと感銘を受けた。やっぱり解かなければできるようにはならないんだなあと思ったわけだ。当たり前なのだが、全然できなかった僕にはちょっとした希望だった。だがしかしその後三年以上できるようにはなっていないが……。

高3の時は、春休みに例によって青チャートを読みまくるという愚策に走る。一月くらいかかって読んだ。結果は推して知るべし。まだ問題を解くのが嫌いだった。やらなかったからな。数学はその後もそんな調子であり続けて、直前にセンター対策問題集を解いたが、全く歯が立たず、繰り返して解けば覚えられるだろうと思ったが、全然覚えられず、惨敗。英語も解くようになったが、くだらない自己満足に終始して、つまり問題集を端から端まで読んで解いてとやって、覚えるという事を怠ったのであまり上がらなかった。解いてはいたので多少上がったけれど。問題解答嫌いはやや和らいだ。というのも解いたから。

一浪時は解いた。が、やはり自己満足に終始して、解いても、わからないのに粘って悩み(思考停止)、効率が悪く、数をこなせず挫折する。解いた場合も、過去問のような長大な問題の場合は覚えきれず、解けないのが嫌いな僕は復習をかなり渋った。おかげであまり解けるようにはなっていない。問題解答嫌いが尾を引いて、あんまり数はこなさなかったように思う。

ただこの頃から、経験で気づき始めたこともある。気づいて実行に移そうとしたことと表現した方が正確かもしれないが、つまり覚えればいいと思うようになったという事だ。例えば暗唱例文のような。現役の時は効率が悪そうだと思ってやらなかったことである。代わりに何をやったわけでもないのだけれど……。勉強時間だけは積んでいたので、おそらくひたすら読むといったような、自己満足にしかならない、あるいは作業のような感じだったと思う。

一度は解くようになったが、二周目は解けて当たり前と思って、解けない現実を見るのが嫌だったので復習はあまりしなかったし、すれば余計に時間がかかると思っていた。結果的にはした方が身になったと思う。一周目でもっとサクッと回すべきだった。できるようにするという目的を念頭に置くべきだ。結果につながるからね。

地歴も同じで、穴埋め教科書も義務的に、機械的に、文章をひたすら読んで、暗唱できるようにするというような合目的的な勉強ではなかった。遺憾ながら。解けなかったら勉強は楽しくないよ。解けるようにしよう。

一浪時は内面には注意を向けなかった。やり方を変えれば改善されるといった、これまた自己満足的な、ある意味独りよがりだ。それでもそこまで機械的だったから、内面に目を向けて、考え方から覆していかなければならないと思うようになったのは怪我の功名で、集中しようとか、そう思うようになったのは収穫だ。タスクフォーカスとか、他人のアドバイスもためらわずに、実践して、実践すれば抵抗もなくなる。

今は、出来るようになるという事を常に頭において、合目的的な行動を、効率よくやろうとしている。究極的に合目的的ならば、作業効率も上がって少ない時間で勉強を終えられるようにもなるから、そうすべきだ。楽しみも重視したいと思う。やる気の源泉。復習も好意的にとらえるようになった。前よりはできるようになっているぞ。

義務感に追い立てられるような、脅迫的な、心に逆らうような行為は慎め。病んでしまうぞ……? 一度、息をついて、無心になって、考える。なぜ勉強するのか? ……自己満足ではない……義務ではない……できるようにするためだ。

何事も実行あるのみだ。ところで、何かに取り組む前にこう暗示しているのではないか? 出来なければだめだと。そんなことはない、出来るようになれば良い。出来ないままにする方が問題だ。 こう暗示しているのではないか? ああやりたくない。なぜそんなことをするのか? やりたくないなどと思わなければ、苦痛を感じずに済むのにも関わらず。結局やることに変わりはないのだから、何も考えずにやればよい。嫌いな食べ物を、起きているときに食べるのと、寝ているときに食べるののどちらがよいのか?

邪な思いにさらされたら、今一度考える。こんな思いを抱くのは自分に利することだろうか? 大抵の場合においてそうではない。感情がお役に立つ場面は少ないのだから。大体は理性が役に立つ。利益を正確に計算するから。

何も考えずにやることほど強いことはない。淡々と実力だけを養成していけるから。普段からこのことをよく心掛けよ。

 

余談

トーイック難しい。量多い。僕の嫌いな奴だ。問題自体はそこまででもないが。600点超えられるか不安なレベルである。できれば650くらいは取りたい。

ところで案外トーイックの勉強は受験勉強に役立ちそうである。自分の英語のレベルが知れるから。思ったよりできないし、リスニングがやたら難しい。あのリスニングが出来たら共通一次は余裕だろうなあ。そういえば五月に模試があるらしいね。コロナでどうなるかわからないけれど、申し込んでおこうかしら? でもなあ、申し込んで意味があるだろうか。そこまでに勉強を一区切りつけるのは難しそうだが。慣れのためにやっておこうか。問題解けるようにしておきたい。

最近は昼過ぎまで起きられなくなってしまった。まあ何とかやっていこう。最近は青チャートのエクササイズと、トーイックと、大学への数学しかやっていない。わからなかったら、考えるべきことを考えて、すぐ終わりにするので、出来るようになるまでは、そこまで時間はかからない。

 

なんだかんだ、できないことに挑戦するのも悪くない……。基礎的な能力が身につけば、いろいろと、行動自体計画的に、利益を重視してやっていけるようになるから。……何事も普請中だ……そろそろ小説を書きたい頃。イラストもやりたい。道は長いなあ」
東大受験生ブログランキング

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

アーカイブ

記事の投稿された日

2020年4月
« 3月   5月 »
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930