京都大学になびいている者の東大受験記

又「不合格の人の点数開示がいろいろなブログでなされていて、僕はそれをさえ、うらやましげに眺めるにとどまった。生活習慣と勉強の環境がまずかったのはもちろん、勉強量ももっと確保しなければならなそうだと痛感する。lumpen氏も何浪もしてドイツ語の猛者であるのに駄目だったようだし、四浪氏も現役の時からなかなかの実力者だったのにうまくはいかなかったようだから、なおのこと壁を感じるべき状態に置かれている。750で明治にも落ちて現役で受かる人や秋の東大模試で120くらいで京大にシフトして、京大に現役で受かる人、そういう人は直前に過去問をたくさん解いているようだが、ほかの人も負けず劣らず解いているだろうけれど、そういう人がいる一方で実力があるのに受からない人がいるというのには、いかんともしがたいものを感じる。パーソナリティないし感じ方考え方というものが障害になりうるのかもしれない、本番での気の持ちようが影響しているのかもしれない、とも考えるが、それでさえ本当に優位な差を生みうるのかわからない。僕自身の話をすれば、そういうマインドセットに意識を置いた明治と駅弁ではしっかり結果を残せたようだけれど、偶然かもわからないのだ。そもそも、普段の勉強からそれを運用できなければ実力向上には役立たない。

一体何が受かる人と受からない人との間に立ちはだかっているのか……。

旧帝中退氏も本番で実力を発揮できなかったようだし、それでも受験を継続する人も少なくないから、頑張ってほしい、受かってくれれば自分にとっての希望にもなる。まあそんなもののために受かってくれとは言えないけれど。僕も頑張らなければ。オワタ氏も継続されるらしい。みんな頼もしいぜ。

 

それとは別に、僕は今年もまた大して実力上がらず、あっさり落ちて一荒れあった。いろいろの心境の変化もあり、自分の人生やあり方について悩んだり深く考えたりし、一日を煩悶して過ごすことも少なくなかった。ところで考えたことが、経済を学んだ方が実用的でいいのかもしれないと。数学がネックになるけれども、入試の段階ではあまり影響がない。今年の東大入試では文二が最低点だったらしいから、来年はまた上がりそうだと思うが、まあそれはよい。なぜって、僕は大学に入ってからやりたいことが山のようにある、将来に向けて準備して、身を整えたいのだ。ともなれば、あまり進ぶりに翻弄されたくはない。東京大学は単位を取るのが大変らしい。だが京都大学は大変ではないと聞く。だから余裕を作るためにもやはり京都大学にしようかと考えている。入試では世界史に絞れるし、リスニングがない、漢文もほとんどない。共通テストにはあるのだが。

そんなこんなあって志望は京都大に変わりそうだけれど、これからも今までの反省を生かして必死に頑張りたいもの。

 

二浪目からは文系は厳しいという人がほとんどで、就職のことは知る由もないが、自分という人間の能力が向上するのなら、どんなことがあってもそれは尊重されるべきことと思うし、役に立つのならそれでいいと思う。それだから、特に気にもしない。実力が向上したならよし、努力ができるのもよし、それを評価できないような人間のもので働くことはしない。

結局課題は受かるかどうかに限られる。

それにお金がないから夏休みとか、あるいは持てる時間を活用して稼ぐすべを身につけなければならない。eスポーツがやりたい。VRのヘッドセットも欲しい。今年のうちに二十万稼ぎたい。最近アマゾンアフィリエイトに又申し込んだ。今度こそ審査通れよ……」

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